貴方に聞いてほしい話が出来たの―
クラウドが帰ってきたのは、夜も更けてのことだった。
マリンが部屋で小さな寝息をたてているのを確認したティファは、扉を閉じると誰もいない廊下を振り返った。
二人だけではこの家は少し広すぎる。
寝静まった町の静寂が、この家にも入り込んできているようだ。
(クラウド、まだ帰ってこないのかな・・・)
最近始めた仕事のために、クラウドは昨日から家を開けていた。帰ってくるのは明日くらいかもしれない。
たった一日でも会えないのはやはり寂しい。
小さくため息を漏らし、ティファは窓の外を見つめていた。
窓の外、通りの奥に小さな光が見えた。静寂を破るエンジン音。
「っ!」
ティファは長い黒髪を揺らし部屋を飛び出す。向かったのは「セブンスヘブン」の扉。
真っ暗な店へ明かりも点けずに飛び込むと、扉へと手を伸ばす。
しかし彼女の手が届くよりも先に、ノブを回す金属音が響き扉が開く。
「きゃっ」
勢い余ってティファは扉の向こうにいた人物に抱きつくような形になってしまった。
急に飛びついたのに、その身体はびくともしない。
「ティファ?」
逞しい胸でティファを抱きとめた人影は、少し驚いたように彼女の名を呼ぶ。
「・・・お帰りなさい、クラウド」
胸の中で見上げると、やはりそれは彼女が待ちわびていた愛しい人。
「お帰りなさい」
ティファはクラウドにもう一度そう言って、身体を離した。
「ただいま」
少し驚いたままだが、クラウドは嬉しそうに微笑んでいる。
ティファが自分の帰りを待ち浴びていてくれたのが、やはり嬉しいのだろう。
店から家の中に向かいながら、クラウドがマリンの部屋の方へ視線を向けた。
「もう、寝てるよな・・・」
「うん。・・・マリンがどうかした?」
「いや・・・」
言葉を濁しながら、クラウドは居間にあるソファに腰を下ろした。
深いため息をつく。
(疲れてる、よね・・・)
その横顔にはわずかだが疲労の色が見て取れる。
始めたばかりの仕事だ、慣れないことも多いのだろう。
「大丈夫?疲れてるみたい」
労わりの言葉しかかけられない自分がもどかしい。
「大丈夫だ。それより今日だったんだろ?マリンと、出かけたの・・・」
「え?うん・・・」
「すまなかった。一緒に、行けなくて・・・。急いではみたんだけどな」
クラウドは肩をすくめる。
「ありがとう。覚えててくれたんだ」
仕事を始めてから少しずつ家族の時間が取れなくなってしまっていた。
だからクラウドが自分たちのことを気に留めていてくれたのが、ティファはとても嬉しかった。
「どこまで行ってきたんだ?」
「エッジの外の、小さな原っぱ」
クラウドは少し何かを思い出すように目をつぶる。
「あぁ、あそこか。あの白詰草の・・・」
「クラウド、知ってるの?」
ティファは驚いたが、すぐに納得もした。
配達の仕事でエッジの外によく出かけるクラウドは、もう自分よりもよっぽど今の外の世界に関しては
詳しいのかもしれない。
「知ってたんだ。・・・じゃあ、あのクローバーのことも?」
「クローバー?何か、あったか?」
クラウドはわからないと言うように、首をかしげた。
あの静かな草原のことを知っていても、小さな葉の一枚までは見なかったのかもしれない。
ティファはあの場所を思い出した。
どこまでも続く空と静寂。物言わず静かに揺れる四つの葉。
自分が傷つけたのかもしれない大地。
「あそこの白詰草、全部四葉なのよ。知ってた?」
クラウドの瞳を一瞬見つめるが、返事を待たずにティファは続ける。
「昔、父さんに聞いたことがあるの。四葉のクローバーを見つけたら幸せになれるって」
子供の頃に一生懸命探した四葉のクローバー。
自分は見つけることが出来たのだろうか。
「そうだな。そう聞いた」
クラウドがゆっくりうなずく。
「でもね、四葉は汚染された土や、傷つけられた葉から出来るものなの。あそこは、あの場所は、そういう
ところなの」
そこまで口にすると、心臓が大きく一つ鳴った。
まるで罪を告白しているような罪悪感。
「きっと、私たちが・・・。私が、傷つけた場所なのよ」
(私が、私が傷つけてしまった大地・・・)
恐かった。
世界の姿を、自然のあるべき姿を変えてしまったかもしれない自分が。
言葉を詰まらせたティファに、クラウドが近づく。
手を取って、そっとソファへ座らせる。
「俺は、・・・あの場所は嫌いじゃない」
「え?」
うつむいていたティファが顔を上げる。
「姿を変えても、懸命に生きようとしてる。俺は、そういうの嫌いじゃない」
「姿を、変えても・・・」
「どんな形でも、生きなきゃいけないんだ」
俺たちは―
クラウドの言葉は、そう最後に続くように聞こえた。
「変ることは、悪いことじゃないのかな・・・?」
世界は変っていく。
人々も、そして自分やクラウドも。
たくさんの過去を置き去りにして。
「変わっていくことは、罪じゃない」
ティファの不安を消し去るように、クラウドはその身体を強く強く抱きしめた。
変わっていくことは罪じゃない。
変ることを恐れるな―
私が変ってしまっても、貴方は側にいてくれる?
あの時クラウドが私を強く抱きしめたのは、本当は彼自身が変っていくことを恐れていたから。
変ってしまった世界に、罪の意識を抱いていたから。
そして、あの過去を思い出にしていく自分を許せなかったから
そんなクラウドの不安を、私は気づくことができなかった。
子供の頃に探した四葉のクローバー。
見つかったのか、まだ、思い出せないの。
貴方がどんなに変っても、私はきっと側にいる。
ずっとずっと、一緒にいて。
お願い、四葉のクローバー。
「サイレント・クローバー」end
長らくお待たせいたしました!
「サイレント・クローバー」完結です。そしてようやくAC前小説が始まった感じです。
予想通り暗いお話になってしまいました・・・。
なんせクラウドがいなくなる前のお話ですから・・・。
今後もシリアスな展開ですが、よろしければお付き合いくださいませ〜。
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