ティファはその日マリンに留守を頼み、一人で買い物に出かけていた。
今日もクラウドは仕事に行っていて、幼いマリンを一人にするのは正直なところ不安であった。
落ち着きを取り戻していたとは言っても、まだまだエッジは色々な面で不安定だ。
(大丈夫かしら・・・)
後ろ髪を引かれるとは、こういうことを言うのだろう。
だが今日こうやってティファを送り出したのは、当のマリンだった。
出かけても良いと何度も言い、半ば強引にティファを家から送り出した。
その時のことを思い出すと、なんだかティファは可笑しくなってくる。
まさかマリンにあんなことを言われるなんて。
『え!チョコレート買ってないの?ダメだよティファ!今すぐ買ってこなきゃ!?』
明日はバレンタイン。女の子が自分から、チョコとともに愛を送る日。
『クラウドが帰ってこないかも?そんなこと無いよ!』
クラウドは配達の仕事で、最近たびたび家を空けている。
『早く行ってきなさい!』
クスクスとティファは笑った。
自分より、マリンの方がよっぽど女らしいかもしれない。
独特な匂いがその店には漂っていた。
ここは最近エッジに出来た食料店だ。
大きな店ではないが砂糖などの貴重な調味料をたくさん扱っていて、ティファはここが開店してからよく足を運んでいた。
ここならきっとチョコレートも扱っているはずだ。
「運がいいねあんた!ほら、さっき入ってきたところだ」
店主がティファの目の前で、綺麗な青色の箱を開けた。
とたんにふわっと、優しい甘い香りが広がる。誰もが喜ぶチョコレートだ。
けれどそれを見たティファの顔には、少しだけ影が差す。
(・・・・・・)
店主はティファを運が良いと言っていたが、ティファはあまり喜ぶことができなかった。
今のエッジではチョコレートなどのお菓子は、そうそう手には入らない貴重なものだ。
バレンタインだからといって、自分がそんなもので浮かれていていいのものか、ティファは不安だった。
満足に食事が出来ない者もいる、住む家が無い者もいる。
そして彼らをそんな風にしてしまった責任の一端は、自分にあるのだとティファは思っていた。
(私だけ、幸せでいいのかな・・・)
クラウドがいてマリンがいて、帰る家がある。
「どうするんだい、ティファちゃん?」
考えこんでしまったティファに、店主が声をかける。
はっと顔を上げると、目の前には甘い香りのチョコレート。
この優しい香りを嗅ぐと、少し心がほっとする。
(いい香り・・・・・・)
ティファはその時、ある言葉を思い出した。
バレットが言っていたあの言葉―
迷っていたのが嘘のように、きっぱりとティファは口にした。
「おじさん、これ貰うわ」
バレンタイン当日。
エッジにあるティファの店「セブンスヘブン」に、こんな手製のポスターが貼り出された。
『バレンタインデー・スペシャルプレゼント』
その日ティファの店では、来た客に一口サイズのチョコレートがふるまわれた。
甘いものがなかなか手に入らないうえ、可愛いティファからのプレゼントということで、その日の「セブンスヘブン」は大変な賑わいとなった。
夜の帳も落ち、客もいなくなった頃。
ティファの耳に聞きなれたエンジン音が聞こえてきた。クラウドのバイクの音だ。
(マリンが戻ってくるって言ってたけど、当たったなぁ・・・)
マリンはクラウドの帰りを待っていたが、もうすでに子供部屋で眠りに落ちている。
扉が開き、クラウドが帰ってきた。
クラウドの顔を見るのは久しぶりな気がする。
「お帰りなさい」
「あぁ」
クラウドがティファを見てうなずく。ティファを安心させるように。
「軽いのでいいから、何かいいか?」
カウンターのいつもの席に、クラウドが座る。
ティファがグラスを持っていくと、クラウドは何か落ち着きがない。
何だろう。
「・・・あの外の貼り紙何なんだ?」
色々思いあぐねていたのか、突然そんな質問をティファに投げかけてきた。
少しだけ、恥ずかしそうな口ぶりで。
「うん・・・、今日バレンタインでしょ?だからね、お店に来てくれた人みんなにチョコレートのプレゼント」
「チョコを?」
小さくティファはうなずく。
疲れたみんなの心が、甘いお菓子で少しでも和らぎますように。
少しでも優しい気持ちになりますように。
喜ぶ常連客たちの情景を思い浮かべたのか、クラウドの顔に笑みが浮かぶ。
「ティファからのプレゼントなら、みんな喜んだだろうな」
「そーかな?・・・本当はきっと、みんな大事な人から貰いたいよ。私からなんて喜んでくれてたのかな?」
みんなの幸せを奪った私からのプレゼント。みんなの心には届いただろうか。
目を伏せたティファの肩に、クラウドが手を置く。
「届いてるよ、ティファの気持ち。ティファは、幸せを与えることができる」
ティファの心を見透かしたように、クラウドが言う。
ティファが欲しかった言葉を、クラウドは与えてくれる。
「ありがとう、クラウド・・・」
肩へ置かれていたクラウドの手に触れる。
暖かい、優しい手。暗闇で迷うティファを、まっすぐ引っ張ってくれる。
『奪うだけじゃない。与えることも出来るって証明してみろ』
バレットの言葉がまた胸をよぎった。
私は与えることが出来ているだろうか。みんなに、マリンに、そしてクラウドに。
「あのさ、ティファ、・・・それで」
クラウドはまた何か言いたげに、ティファへ話しかける。
「ん?なぁに?」
不安な気持ちを振り切って、ティファは微笑んだ。クラウドの前ではいつも笑顔でいよう。
「いや、あのさ・・・」
言いにくそうに口ごもる。
まるで子供が母親に何かをねだるような、そんな感じだ。
(何かしら・・・?)
一瞬考えて、すぐにティファは思い当たった。
花のような笑顔がこぼれる。
この考えが当たっていれば、とても嬉しい。今日は、何しろバレンタインデーだ。
ティファはカウンターの下から、小さな小箱を取り出した。
相変わらずばつが悪そうなクラウドの目の前に置く。
カタ。
クラウドは驚いたような顔でティファを見る。
「はい、バレンタインデーのプレゼント」
「・・・・・・あ、ありがとう」
小さな小箱に、クラウドは手を伸ばす。
少しぎこちなく青いリボンを解き、蓋を開ける。
「・・・?」
そこにあったのはチョコレートではなかった。
小さく折りたたまれた白い紙。
ティファは恥ずかしそうに、でも嬉しそうにそれを見ている。
クラウドが折りたたまれた紙を開くと、白い紙にティファの可愛い文字でこんな言葉が書かれていた。
『貴方が好きです。私の心が、貴方へのプレゼント』
手紙を読み終わったクラウドが、視線を上げティファを見つめる。
「・・・ごめんね、チョコみんなに配ったらなくなっちゃったの。だから、それだけ。・・・ダメ?」
クラウドがもう一度手紙に視線を戻す。
ティファからクラウドへの愛の言葉。
そこにこめられた、形にはならないたくさんの想い。
伝わるだろうかクラウドに。
(受け取ってもらえるかな・・・)
「これで、十分だ・・・」
クラウドはティファに微笑むと、彼女に手を伸ばし頬へ触れた。
そのしぐさからは、はっきりと愛しさが伝わってくる。
店内に二人っきりなのをいいことに、クラウドはカウンターから身を乗り出した。
そのままティファを強く抱きしめる。
ティファはそんなクラウドへ身体を預け、胸に顔をうずめる。
「ティファ・・・」
クラウドが耳元で囁いた。
それが合図のように、ティファは少し上を向いて目を閉じる。
クラウドの指が口元をなぞるように触れ、そして次に、彼の唇が降りてきた。
掠めるような、優しいキス。
閉じていた瞼を開くと、目の前に綺麗な翡翠色の瞳があった。
吸い込まれそうな不思議な色。
もう一度ティファは目を閉じる。
そして次は、もっと深く―
あの時の想いは、貴方の胸に届いたの?
end
「ソウルフル・グリーン」、お付き合いありがとうございました!!
たくさんの素敵なクラティサイト様のバレンタイン小説に触発され、何とか書ききることができました。
お題とかイベントごとの小説は、正直書くのが苦手でして・・・。ネタを思い浮かべません。
このお話も途中に何度か脱線しかけました・・・。しかも甘甘な小説を最初は目指してたんですが、微妙にシリアスっぽいことに(汗)。
そして本当はもっと短い感じにしようとしたのですが、なんだか思ってたより長めに。何か中途半端ですね、本当に色々と。
シリアスっぽくなったので、「Romantic Old」のシリーズものの一つにいたしました。
BACKでお戻りくださいませ。
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