ティファがその店の前を通ったのは偶然だった。
ある晴れた日の昼下がり、彼女は大きな買い物袋を片手に抱え、早足で往来を歩いていた。
紙袋の中身はたくさんの食料品と調味料。
最近彼女が切り盛りする「セブンスヘブン」は、人づてに噂が広まったのか、大変な賑わいを見せていた。
毎晩訪れる客たちも、以前の比ではない。
小さな店のため一度に入れる人数は少ないが、彼女一人で店の準備をするのには時間がかかる。
そのためティファは今日も買い物を済ませると家路を急いでいた。
「あら・・・」
小走りに近かったティファの足が急に止まる。
小さな店の軒先に並べられたある物を見つめ、次にきょろきょろと何かを探すようにあたりを見回す。
どうやら看板を探しているようだが、その店には名を示すようなものは見当たらない。
出店のようなテントを張っただけの簡単な店。
この店は確か一昨日には無かったはずだと、ティファは思う。
一昨日も買い物帰りの彼女はここを通ったが、こんな店は見ていない。
ティファは伺うように店の中を覗く。奥に人の気配を感じるが、姿は見えない。
けれど彼女にはここが誰の店なのか見当が付いていた。
「リド?アレク?」
二つの名をティファが奥へと投げかける。
「・・・ティファさん?」
奥にあった戸棚の影から金髪の青年が顔を覗かせ、ティファの姿に嬉しそうに微笑んだ。
アレクはティファの側までやってくると、彼女を中に入るように促す。
「驚いたな、どうしたの?」
「驚いたのはこっちよ。こんな所であなたに会うなんて!」
ティファは背の高いアレクを見上げながら、誘われるまま中に入る。
店の中にはティファが想像していた通りの商品が並んでいた。
店を開いたばかりで数は少ないのだろうが、防具や剣、銃器の数々。
これらは全部ここにいるアレクとその父親の作品だ。
「リドはいないの?」
リドは彼の父親だ。二人はティファの店の大切な常連客でもある。
「親父は作るのが専門でさ。商売は嫌だって今まで通り家で仕事してるよ」
「そうなんだ。でも本当にびっくりした、うちでは何にも言ってなかったじゃない」
「びっくりさせたかったんだ。親父にも言わないように頼んでさ」
そう言ってアレクはまた嬉しそうに微笑んだ。
「でもよくわかったな。ここが俺と親父の店だって」
看板だって出てなかったろと、アレクが首をかしげる。
「すぐにわかったわ、あれ」
ティファが軒先の机に並べられていた商品に目を向ける。
そこには武器防具とは趣の違う、装飾品の類が並べられていた。
「これで?」
「うん」
アレクが並べられていたものの一つを手に取る。
小さな星型が可愛いブローチ、特別な効果が付随している物ではなく、純粋な装飾具だ。
「でも珍しいね。二人がこんなもの作るなんて」
ティファが眺めるテーブルの上には、ハート型や星型のピアスやペンダント、小さな色石のはめられた指輪まである。
およそ店の中にあった武器と一緒に並べられるようなものではない。
それに彼ら親子がこれまでこんな物を作ったのは見たことがない。
「まあ、たまにはこんなのがあってもいいかと思ってさ」
アレクは今度は別のネックレスを手に取る。小さな花の細工が美しい。
「武器ばっかり作ってるのも何だかさ。エッジもだんだん賑やかになってきたし、女性には着飾るものの一つくらいあってもいいだろ?」
じっと銀色のネックレスを見つめるアレクの瞳が、少しだけ憂いを帯びた光に揺れる。
その言葉と瞳に、ティファは彼もまたこの戦いで傷を負ったことを感じ取る。
たくさんの武器が人々の命を奪った。作った人間が悪いのか、使う人間が悪いのか―
使った側のティファに、作った人間の心はわからない。
でも彼らが作ってくれた防具が、人々の命を救ったことをティファは知っている。
けれど安易な慰めなどティファはしない。
これは彼の想いの問題だ。
それにアレクは傷に負けるような人間ではない、こうして歩き出しているのだから―
「・・・やっぱりわからないな。なんでこれだけで俺たちの店だってわかるんだ?」
他にもこれくらい作れる奴はいるだろ、そう言ってアレクはティファの方を見る。本当に不思議そうだ。
ティファはクスクスと笑って、テーブルの上にあった装飾品のうちの一つを手に取りアレクに見せる。
「・・・それか」
アレクはそれを見て苦笑するが、納得がいったようにうなずいた。
「親父が作ったんだ。もっと可愛いのにしろって言ったんだけどな」
「ふふっ、リドらしいよ」
ティファの手のひらで対のピアスがコロンと転がる。
それは美しい銀細工の二頭の狼だ。
この狼をティファは以前から知っていた。
クラウドの肩で、彼を雄々しく守っている。
クラウドの肩当てを作ったのが、アレクの父親のリドなのだ。
息子に装飾品の作成をせっつかれたリドは、自分が一番気に入っていた狼のモチーフでピアスを作ってしまったのだろう。
「そんなの女の子は欲しがらないだろう?」
アレクが伺うようにティファを見る。
「そんなことないよ。少なくとも私は、このピアス好きだな」
確かに狼というモチーフは、一般的に見れば女性に好まれる物ではない。
でもティファはクラウドをいつも守ってくれているこの狼は大好きだった。
腕の良いリドが作ったので、造型だって悪くはない。
「本当に?」
アレクが驚いたように声を上げる。
そんなに意外だったのだろうか。
「うん、好きよ」
「本当に?」
「本当だってば」
「こんなの付けたりする?」
「良いと思うけど?」
「本当に好き?」
「しつこいわよ?」
アレクは何度もティファに念を押すと、しげしげとピアスを見つめている。
「どうしたの?」
今度はティファがアレクに不思議そうに言葉を投げかける。
「いや、何でもないよ・・・」
アレクは難しそうな顔で応える。
彼が何を考えているのか、ティファにはさっぱりわからない。
(変な人・・・)
ティファもまた手にひらのピアスに視線を戻した。
小さいがクラウドの肩当ての狼と同じように、よく出来ている。流石はリドの作品だ。
(あっ・・・)
ティファの頭の中に、ある思い付きが生まれる。
ぱっと花が咲いたような気分だ。
「ね、アレク。これ貰っても良い?」
「え・・・」
アレクが声を上げ、絶句した。明らかにおかしな態度に、ティファは眉根を寄せる。
「さっきから何よ。私がこれを買ったらいけないの?」
「いや、そういうわけじゃないが・・・」
何だかアレクの言葉は歯切れが悪い。
いつもはこんな人物ではないのだが―
(私がこのピアスするのが変だと思ってるのかしら)
ティファはそんな気を回すと、笑みを零して、困った顔をしているアレクに話しかける。
「このピアス、私は付けないわよ」
アレクが視線をピアスからティファへ向ける。
「クラウドにプレゼントするの。だってこの狼はクラウドを守ってくれるでしょ?」
「えっ・・・」
その言葉を聞いたアレクは、また大きく絶句した。
ティファはカウンターに小箱を置き、クラウドの帰りを待っていた。
中身はもちろんリドとアレクの店にあったあのピアスだ。
あの後、何だかんだと渡しあぐねるようなアレクから、ティファは半ば強引にピアスを持ち帰ってきた。
彼がなぜ渡すのを渋ったのか、ティファにはわからない。
(何だったのかしら・・・)
気にはなったが、それよりもクラウドの驚く顔が見たかった。
クラウドは今日も仕事で遠出をしていたが、夜には戻ってくるはずだ。
カウンターで小箱を眺めながら、ティファは店に戻ってからマリンに言われたことを思い出した。
『・・・ホワイトデーの前日に、ティファがどうしてクラウドにプレゼントするの?』
不思議そうに、少しあきれたようにマリンはティファを見ていた。
理由は特に無い。
ただ一目見てこのピアスはクラウドにふさわしいと思ったのだ。
きっとこの狼はクラウドを守ってくれる。
しいて理由を挙げるなら、バレンタインに形に残るものをあげれなかった事ぐらいだろうか。
形にこだわるつもりはないが、少しだけ気にはなっていた。
「ただいま」
クラウドがようやく戻ってきた。
疲れたような顔をしているが、それでも待っていたティファに笑顔を見せる。
「ただいま」
「おかえりなさい」
帰宅の挨拶をもう一度口にすると、クラウドは側に駆け寄ってきたティファの頬にそっと唇を寄せる。
嬉しそうに微笑んで、ティファもそのキスを受け入れた。
「ね、クラウドに見せたいものがあるの!」
「見せたいもの?」
ティファに手を引かれクラウドがカウンターに近づくと、そこにはティファが用意したあの小箱があった。
「これ?」
ティファは微笑んだままうなずく。
そのティファの様子に、クラウドは小箱を開けた。
「・・・っ」
小箱を開けたクラウドの動きが止まる。言葉が出てこない。
「びっくりした?リドとアレクがお店を開いてね、そこで見つけたの」
ティファは嬉しそうにクラウドの瞳を覗き込む。
(喜んでくれたかな?)
クラウドの視線はピアスに向けられたままだ。
その瞳は嬉しさよりも、驚きとそれ以外の複雑な感情が混ざっているように見える。
「クラウド・・・?」
名前を呼ばれて、はっとしたようにクラウドが視線をティファに向けた。
「それ、気に入らない?」
「そんなことない、ありがとう・・・」
クラウドは微笑むとすぐにこれまでのピアスを外し、ティファが贈ったピアスに付け替えた。
クラウドはピアスを付け替えると、ティファに見せる。
「・・・良いと思うよ」
そうは言ったが、ティファはクラウドの変化に気が付いていた。
どうにもぎこちないクラウドの笑顔。
(なんなのよ、クラウドも、アレクも・・・)
ティファは首をかしげる。
そんなティファを見ながら、クラウドは動揺を隠すので精一杯だった―
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