早朝から大きなエンジン音が響き、ある店の前で止まった。
クラウドはバイクから飛び降りると、ずかずかと無遠慮に店の中に上がりこむ。
「アレク、アレク!」
目当ての人物の名を大声で叫ぶと、棚の向こうからその人が顔を覗かせた。
「やっぱり来たか・・・」
クラウドが来るのを予測していたのだろう、アレクはそんな言葉を口にする。
「おいアレク!これはどういうことなんだ―」
一気にまくし立てるクラウドを、アレクの言葉が遮る。
「やっぱり似合うな!ティファさんが選んだんだからな!」
クラウドの左耳で光るシルバーのピアスを見る。
「ちょっと待て、これは俺が―」
「仕方ないだろクラウド」
食って掛かりそうなクラウドの両肩を、アレクの手が押さえるように掴む。
「そのピアスを見つけたのは確かにお前が先だが、買わないで帰っただろ、ちょっと考えるって」
「それは、そうだが・・・」
「ティファさんへホワイトデーのプレゼント探しに来たはいいが、それは彼女には似合わない、あれは可愛くないと散々と文句をつけて」
そこまで言うと一回アレクは言葉を切り、クラウドを押さえていた両手を離す。
「そのピアス見つけても、揃いの物なんて付けて喜ぶかなんて言って悩んだ挙句、ちょっと考えると言って帰ったのはお前だろう」
「う・・・っ」
クラウドは言葉に詰まる。
アレクが言ったことは全て一昨日の夜、この店が完成した直後に起こったやり取りだ。
一昨日の晩、クラウドはただリドとアレクの親子が武器防具の店を開くと聞き、自分の防具を作ってくれた二人の店がどんなものか覗きに来たのだ。
そこで起こってしまったおかしなやり取り。
確かにティファへ何かしらプレゼントをしたいとは思ってはいたのだが―
この狼のピアスを見つけた時は、これがいいと思ったのだ。
だがこれを耳たぶに付ける彼女を想像した時、とてつもない恥ずかしさに一気に顔に血が昇ってきた。
自分とそろいの物を付けさせるなんて―
(ただの独占欲じゃないか)
彼女が自分のものだと、周囲に示したいだけなのかもしれない。
何よりもそんな束縛、彼女は嫌がるかもしれない。
彼女は自分のものではないのだから―
「で、どうするんだ?」
その言葉にクラウドはアレクの顔を見る。
アレクは面白そうに笑っていた。
(人の気も知らないで)
クラウドは軽くアレクを睨む。
「そんな恐い顔するなよ。俺のせいじゃないだろ。ティファさんに、お前のことばらさなかっただけでもありがたく思えよ」
「・・・」
アレクはクラウドよりも一歳しか年が違わない、いくら年上だからといってもこうからかわれてはクラウドも面白くはない。
けれど言い返さずに我慢している。
そう、全ては彼女のためだ。
クラウドはポケットから何かを取り出した。手に握られていたのはあの小箱だ。
渡されたアレクが蓋を開くと、そこには狼のピアスの片方が入れられていた。
クラウドは左の耳にしか穴を開けていない。
「もう一つ同じピアスを作ってくれないか」
このピアスを見てしまっては、やはり他のものをプレゼントする気にはなれない。
「おいおいクラウド、自分が貰ったのと同じものティファさんにやるつもりか?」
「・・・いけないか?」
「いけなくは無いが・・・」
アレクは何か思い巡らすように瞳を泳がせる。
クラウドの肩をまた強く叩いた。
「よし、俺に任せろ!仕事帰りに取りに来いよ、このピアス使っていいもの作っとくからさ」
アレクは任せろと胸を叩く。
その頼もしげな態度に、訝しげな視線をアレクに向けていたクラウドも、最終的には彼に任せることにした。
「じゃあ、夜に取りにこいよ」
「わかった。頼んだぞ」
短い返事を返したクラウドは、恥ずかしいのだろうか少し顔が赤い。
それを隠すように、すぐにバイクはアレンの店から遠ざかっていった。
「しょうがないな・・・」
クラウドを見送ったアレクは小さなため息をつきながら店に戻った。
クラウドとティファに出会ったのは少し前。
初めは父親の客としてクラウドが現れた。
そしてその彼の側に、いつも同じ女性が寄り添っていることに気が付いた。
その美しい女性は、いつもクラウドを見つめている。
彼らが恋人同士なのはすぐに察しがついたが、同時に彼らのぎこちなさに驚いた。
お互い想い合っているはずなのに、すれ違ったりぶつかったり。
その光景は見ているこっちが恥ずかしく、もどかしくなるようなものだった。
そして同時に、そうやって不器用に頑張る二人に、元気付けられたりもした。
(いつかは自分も、ああやって想い合う相手と生きられたら)
アレクはまぶしそうにいつも二人を見つめていた。
そんな二人のためだ、いくらでも力になってやろう。
アレクそんな自分に、少し照れたように頬をかいた。
三月十四日の晩。
「セブンスヘブン」には遅くまで多くの客が残っていた。
その日はホワイトデーということで、一ヶ月前にティファからチョコレートを貰った客たちが大勢押かけた。
どこかから摘んできた小さな花や手作りのジャム、思い思いのプレゼントがティファに贈られた。
プレゼントを持ってこれなかったと頭をかく客もいたが、ティファは来てくれたのが何よりだと嬉しそうに笑っていた。
そんなふうに賑やかだった店も多少落ち着き、残っているのは初めからの常連客ばかりとなっていた。
皆そわそわと落ち着かず、何かを待っているようだ。
ティファだけがそんな彼らを少しばかり不思議そうに見渡している。
彼らは何だかとても嬉しそうだ。
そこにいる全員が聞きなれたバイク音が、店へと近づいてきた。
その音に客たちがざわめく。
ここまで来て、ようやくティファは彼らが何を待っていたのか知ることになる。
(もう、みんな・・・)
皆が何を期待しているのかと思うと、とても恥ずかしい。
今さら急に店から追い出すことなんて出来るわけもなく、ティファは少し怒ったような顔で皆を見る。
だが客たちは知らん顔だ。
扉の金属音が響き、クラウドがいつものように店に戻ってきた。
「ただい・・・ま」
一歩足を踏み入れるが、動きが止まる。
明らかに自分を見つめる客たちの視線に、驚いているようだ。
こんな時間に客はいないだろうと、思ってもいたのだろう。
「おかえりなさい、クラウド」
ティファの声にようやく我に返ったように、体が動く。
まっすぐティファの元に向かう。
「今日はどうしたんだ?こんなに遅くまで・・・」
そこまで言いかけたクラウドの言葉に多いかぶせるよう、背後から明るい声が響いた。
「やあ、ティファさん!」
「アレク!どうしたの?」
ティファが驚いてクラウドの肩ごしに扉を見ると、アレクがニコニコと笑っている。
「親父が来てると思ってさ、迎えに来たんだ」
アレクの父親のリドは、彼がお気に入りのカウンターの席に座っている。
「・・・ま、他にも用事があってさ」
アレクは意味ありげに言うと、クラウドを横目でちらりと見る。
その視線をクラウドは背中に感じていた。
彼が言いたいことはクラウドには十分すぎるほどわかっていたが、まさか店にこんなに人がいるなんて―
(こんな人前で、渡せるわけが・・・)
「なあ、ティファさん。今日はホワイトデーだったろ?」
「・・・そうね」
「お返したくさん貰っただろうな」
「・・・そうね」
「でも一人だけ、お返ししてない奴がいるよな?」
その言葉にクラウドがぴくりと反応する。
アレクはやはり、ここでティファにあれを渡せといっているのだ。
少し前、クラウドは仕事を終えると約束どおりにアレクたちの店に向かった。
そこで渡されたのは小さな小箱。その中にはピアスの片方を溶かして作った、あるものが収められていた。
アレクが細工したものだが、父親のピアスと寸分違わぬ狼のモチーフがあらわされている。
さすが親子といったところだろうか。
皆の前でこれを渡せば、ティファはきっと喜ぶだろう。
(だけど・・・やっぱり・・・)
クラウドが頭の中でぐるぐると考えていると、ティファがアレクに近づいた。
「いくらアレクでも、クラウドを困らせるのは許さないわよ」
ティファがきっぱりと言い放った。
アレクがクラウドに何をさせたいのか、クラウドが何をしようとしてるのか、彼女にはわかっていた。
(そうしてくれれば、嬉しいけどね・・・)
けれど自分よりも他人の気持ちを、何よりもクラウドの気持ちを優先させる。
それがティファの優しさだ。
(恥ずかしいよね、やっぱり)
そう思ってティファがクラウドの方を向くと、何かを決意したような瞳とぶつかった。
クラウドはポケットに忍ばせていた小箱を取り出すと、カウンターに置いた。
目がティファにここへ来るように言っている。
ティファがクラウドの側によると、小箱をクラウドが指でつついた。
「これ、プレゼント・・・」
「あ、ありがとう・・・」
思いがけないクラウドの行動に、ティファは驚く。
けれどすぐに嬉しさがこみ上げてきたのか、その表情は笑顔に変った。
周りの客たちは興味津々といった感じで、二人のことを覗き込んでいる。
ティファが小箱を開けると、そこには昨日彼女が送ったのと同じ狼の姿があった。
でもそれはピアスではなく、少し大きな狼のモチーフの指輪だった。
「わぁ・・・」
思わずティファの口から感嘆の声がもれる。
『やるじゃねぇか、クラウド!』
『よかったな!ティファちゃん!』
周りからは野次に似た祝福の声が上がる。
「すごい綺麗。ありがとうクラウド・・・」
「いや、うん・・・」
クラウドは恥ずかしそうに返事をする。
「これ、リドが作ってくれたの?」
カウンターにいたリドに、ティファがたずねる。
手に持っていたグラスをゆっくり揺らしながら、リドが首を振る。
「それは俺じゃねぇ、息子の方だ」
「・・・クラウドに頼まれて作ったんだ」
アレクが扉のほうで、嬉しそうに微笑んでいる。
「そっか、ありがとう・・・」
そう言ってティファが左の薬指に、指輪をはめようとした。その時―
「ティファさんに似合うと思って、作ったんだ・・・」
その言葉に、クラウドがアレクの方を見た。
そこには自分の作った指輪が、ティファの指を飾るのが嬉しくてしょうがない、そんなアレクの笑顔があった。
(・・・・・・あいつ)
指輪をはめる動きを止めるよう、クラウドがティファの両手を取った。
「それは左指じゃなくて、右にしろ」
「え?どうして・・・」
「左用には、・・・もっと良い指輪を買ってくる・・・!」
ティファの顔が真っ赤に染まり、周りからは歓声が上がる。
だがその言葉に一番反応したのは、指輪を作った当のアレクだ。
「なっ、なんだよ!俺の作ったのじゃ気に入らないのか!」
「お前の態度が気に入らないんだっ、ティファは俺のだ!」
言い返したクラウドの言葉に、その場が一瞬静まり返る。
皆の視線がティファとクラウドに注がれていた。
「・・・うん」
ティファが真っ赤になりながらうなずくと、また皆から歓声が上がる。
この場にいる連中はクラウドとティファの二人が大好きで、何よりもティファの幸せを願っていた。
今日はホワイトデーなのだから、きっとクラウドが彼女に何かプレゼントするだろう、それを見守って祝福してやりたい―。
それが彼らが今日ここにやってきた理由のほとんどだった。
けれどまさかここまでのことが見れるとは、彼らも予想外だったろう。
皆にはやし立てられるクラウドに、アレクが近づき耳打ちする。
「ばか、何勘違いしてるんだよ」
「勘違い・・・?」
「ティファさんに似合うと思って作ったんだ、クラウドが―」
ぱっとクラウドの目が開く、アレクの銀の瞳を見つめるとすまなそうに視線をそらした。
「話は最後まで聞けよ」
「悪い・・・」
アレクはクラウドの肩を掴むと、自分へ近づける。
「左の薬指の指輪も俺が作ってやるよ」
アレクの申し出にクラウドは一瞬考え、小さく笑みをこぼす。
「・・・考えとくよ」
「お前、・・・やっぱり信用してないな」
end
ここまでお付き合いありがとうございました!
ティファの指輪がクラウドのピアスと同じモチーフと知ってから、ずっと考えてきた妄想がついに形に!(笑)
公式設定があるのかないのかは、実はまったく知りません。あるんでしょうかやっぱり?
もしあったら思いっきり大嘘書いてますが、うちのサイトではこういう設定ということでお願いします。(汗)
今回は久々に書いた小説なので、言い回しとかおかしくないか本当に心配です。
日本語は難しい・・・。
しかもまたオリキャラ出してしまいましたしね・・・。
クラウドよりも一個年上の、好青年のイメージで。書いてうるちに実はけっこう気に入ってしまったキャラだったりします。
また出したいなーと思ったり、思わなかったり。
後書きまでお読みくださり、本当にありがとうございました!!
下のBACKからお戻りくださいませ。
>>BACK