教会の管理者たちに出迎えられたクラウドとユフィは、すぐに子供たちが眠る教会の奥の小屋へと案内された。
二つの小部屋に、それぞれ八人ずつの子供たちが眠っているのだという。
捨てられていた廃材で作られた小屋はとても粗末なものだったが、
こうやって屋根のあるところで眠れるだけまだましといえるだろう。
エッジでは今もまだ帰る場所のない孤児たちが、身体を震わせ街の片隅できっと肩を寄せ合っている。
「どうぞ宜しくお願いいたします・・・」
この教会の責任者という妙齢の女性が、クラウドとユフィに深々と頭を下げた。
そして手にあったものを、クラウドへと差し出す。
「・・・わかりました」
多少間があったものの、差し出されたものをクラウドは受け取った。
手に取ったそれを、ユフィにも渡そうとする。
「ほら、ユフィも」
「・・・・・・マジで?」
情けない顔でユフィはクラウドを見上げ、その後、渡されたものを見つめる。
ユフィの右手に合ったのは、赤に太く白い縁取りの帽子。
どう見ても街中で見たサンタクロースの帽子に間違いない。
ユフィは大きくため息をつき肩を落とした。
手伝いをするのは仕方ないかもしれない。
クリスマスなんて関係ないが、望まれればそれも仕方ない。
だがこんなものまでかぶらねばならないとは。
「ユフィは左の部屋を頼む・・・。子供たちを、起こすなよ」
それだけ言うと、クラウドはさっさと仕事に取り掛かるように、右手にある部屋に入っていった。
しかもきちんとあの帽子をかぶっている。
そのクラウドの後姿に思わず笑いがこみ上げるが、今から自分も同じような姿になるかと思うと、
そう笑ってもいられない。
「・・・・・・」
手にあった帽子をよく見てみると、それは明らかに手縫いのようで、この教会の人間が物資が無い中苦心して作ったのと見て取れた。
目の前の人々に深々と頭も下げられてしまっては、今更断るわけにもいかなかった。
(あー、もう!)
覚悟を決めたように、ユフィはそのサンタの帽子を頭にかぶる。
それを見ていた教会の女性が、嬉しそうにユフィを見つめていた。
その目は期待や喜びの色で溢れていて、見つめられるユフィの方が照れくさくなる。
「い、いってきます・・・」
どう言ったものかわからず小声でそう呟くと、ユフィは扉を開いた。
後ろで頭を下げる気配がしていたが、それには恥ずかしくなってしまい振り返ることが出来なかった。
ユフィは部屋に入ると、なるべく音を立てぬように扉を閉めた。
闇に瞳が慣れぬため、少しだけ目を凝らすと、部屋の奥にベッドが並んでいる。
あのベッドにそれぞれ靴下がくくりつけられているので、それに持ってきたプレゼントを入れて欲しいという話だった。
早く終わらせてしまおうと、ユフィは少し目が闇に慣れると、片手で壁に触れながら一歩踏み出した。
ギシリ
「・・・っつ!!」
踏み出した足下で、床が音をたてた。
それは決して大きな音のはずではなかったが、静かな夜には辺りに響き渡るように感じてしまう。
こくりと息を呑み、ユフィはベッドの方をうかがう。
寒いはずなのに汗が噴き出した。
「・・・・・・」
ふうっと大きく安堵の息を吐いた。
ユフィは奥に動く気配がないことがわかると、今度はもっと慎重に歩みを進める。
音を立てないように、闇に慣れてきた目で床の板目を見極めた。
窓から差し込む、街灯の明かりだけが頼りだった。
今日は空が雲に覆われているのか、先ほどから月明かりが見えないのだ。
そろそろと奥にやってくると、ユフィはベッドを覗き込む。
そこには三つのベッドに、折り重なるように八人の子供たちが眠っていた。
ベッドにいるのは年がそれぞれ離れているものの、全員が可愛らしい女の子だ。
こちらは女の子の部屋で、きっとクラウドの向かった部屋が男の子たちのものなのだろう。
ベッドの脇には聞かされていたように、それぞれの靴下らしきものが並んでいる。
少女たちはそれぞれ、サンタクロースの夢でも見て眠っているのだろうか。
安らかな寝息をたてて、規則正しくかけられた毛布が上下する。
(・・・早く終わらそっ)
ユフィは持ってきた袋から小箱のプレゼントをつかみ出すと、それを靴下の中に入れていく。
少女たちが寝返りをうつたびに肩をすくめたが、起こさずにプレゼントを配っていった。
(これで最後っと)
八番目の靴下にプレゼントを入れようとユフィが手を伸ばした時、その手を突然掴まれた。
「・・・わっ!」
小さなものだったが、驚きの声をユフィは上げてしまう。
大きく身体を揺らしてしまった。
布団から伸びてきた小さな手は、そう強くも無い力だったが、ユフィの手首をしっかり握っている。
少し冷えた小さな手の感触に、ユフィは恐る恐るそちらを見つめた。
一人の少女がパッチリと目を開き、布団の中からユフィを見つめていた。
「やばっ・・・」
子供たちにはプレゼントはサンタの仕業と思わせるため、起こさないようにといわれていたのだ。
見つかってしまっては子供たちの夢を壊してしまうからだろう。
どうしていいかわからず、ユフィは動きをぴたりと止めてしまう。
「サンタさん・・・?」
まだ舌ったらずな口調で、少女はユフィにたずねた。
その目は暗闇でも期待に満ち溢れ、きらきらと輝いているように見えていた。
(えーっと、えー、・・・えぇ〜?)
一方のユフィはというと、予期せぬ不足の事態にどうしていいかわからず、軽いパニックにおちいっていた。
クリスマスという行事もたいして知らなかったのに、いきなり少女にサンタかとたずねられて、
なんと答えていいのかなんてわかるわけがない。
「サンタさんじゃないの・・・?」
答えてくれないユフィに、少女の目が不安げに揺れた。
「えっと、あたしは・・・」
サンタだと言えばこの少女は喜んでくれるのだろうか。
慌てているユフィに、答えを言葉に出来る余裕はない。
「やっぱり・・・」
「え?」
少女の大きな目に、涙がじわりと浮かぶ。
「家のある子が言ってた。パパとママのいない子のところには、サンタさん来ないんだ」
心無い子供の言った悪口を、少女は呟いた。
時に子供は残酷な真実を語る。
その言葉と少女の悲しげな瞳に、ユフィは胸が痛むのを感じていた。
こんな顔、見ていたくはない。
(でも・・・)
こんな子供に嘘を付いてもいいのだろうか。
本当はサンタなんていないのに、自分がサンタなのだと騙ってもいいのだろうか。
その時だ、ベッドから別の少女の影が起き上がった。
その影に驚き、ユフィの心臓がまた飛び跳ねる。
起き上がったのはこのベッドの中で一番年上に見えた少女だった。
寝かしつけるようにユフィの手を掴んだ子の頭を、ゆっくりと優しく撫でてやる。
「ほら、もう寝ないと・・・」
「でも、サンタさんが・・・」
「サンタさんなら来てくれたよ、ほら。目の前にいるでしょ?」
そう言うとその少女は、ユフィへと視線を向ける。
それにつられ、もう一度幼い少女の瞳がユフィへと向く。
「サンタさんなの?」
彼女からさっきと同じ質問が繰り返された。
「・・・・・・」
それに息を呑み、ユフィは何かを答えようと唇を開きかけた。
答えを口にする前に、年上の少女と目が合うと、その瞳は静かに何かを語りかけているようだった。
彼女の望むことがわかり、ユフィはゆっくりと答えを口にした。
「・・・サンタさん、だよ・・・」
「お髭がないのに?」
「まだなり立てで、これから伸ばすんだよ・・・」
その答えに少女は笑みをこぼす。
溢れた笑顔に、ユフィはほっと胸を撫で下ろした。
「ほら、もう寝て。いい子にしてないと、サンタさん来年は来てくれないよ」
年上の少女の言葉に、「はい」と素直に返事をすると彼女は布団をかぶりなおす。
元々夢うつつだったのか、すぐに寝息が漏れ聞こえてきた。
「よかった・・・」
思わずそんな言葉をもらしたが、それがユフィの素直な感想だった。
「ありがとうございました」
さっきの少女はまだ起きていて、そんなユフィに小さく礼の言葉を述べてきた。
暗くてよくはわからないが、歳はバレットの娘のマリンよりも幾つか年上に見え、とても落ち着いた光を瞳に宿していた。
「いや、別に、あたしは・・・」
「サンタだって言ってもらえて、喜んでます、この子・・・」
先ほど眠った少女を見てみると、眠りながらも嬉しそうに微笑んでいる。
だがユフィは少しばかり気が引けていた。
少女の夢を守るためとはいえ、子供に嘘を付いてしまったのは事実なのだ。
しかもこれまで自分は、クリスマスとは全く無縁の人間だったのに。
「・・・でも、嘘付いてよかったの?」
目の前の少女に、小声で話しかける。
笑みを浮かべると少女は小さくうなずいた。
「嘘とかそんなの関係ないです。・・・私は、私たちは、こうやって私たちのためを思ってプレゼントを用意してくれた、
教会の先生たちの気持ちが嬉しいんです」
大人びた少女の答えに、ユフィは少し驚く。
子供にしか見えないのに、こんなことを考えていたなんて。
「・・・なんて、子供らしくないこと言って、すいません」
少女はいたずらっぽく笑い、ユフィに小さく舌を出してみせた。
そう言って笑う顔は、さっきよりも少し子供らしく見える。
「サンタがいないってわかった時はちょっとショックだったけど、それ以上に両親の優しさとか、そういうの、
わかるようになるんですよ」
その言葉にユフィは、胸を締め付ける何かを感じた。
少しずつ上るはずの大人への階段を、彼女は一気に上ってしまったような感じだった。
これまでの生活が、両親をなくしたことが、その大きな原因になっているのかもしれない。
「ユフィ」
名前を呼ばれ振り返ると、扉から一筋の光が差していた。
先に仕事を終えたクラウドが、出てこないユフィを心配しているようだ。
廊下からの灯りが、闇に慣れた目に眩しかった。
「・・・いくね」
布団に戻った少女にそう告げると、最後のプレゼントを靴下に入れ、ユフィは扉へと向かう。
「また来年も、よかったら来てくださいね。サンタさん・・・」
暗闇のベッドからそんな少女の言葉が聞こえてきた。
「・・・うん。あたしで、よければ」
振り返った闇の向こうで、少女の微笑む気配がした。
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