グラスが空になったころ。見計らっていたかのようにティファが声をかけた。
「ね、クラウド。マリンたちにご飯食べさせてあげてくれる?クラウドもお腹空いたでしょ?」
壁にかかっていた時計は、7時を示している。
子供の晩御飯にはやや遅い時間だ。
「あぁ、・・・ティファは?」
「一緒に食べたいけど、今日はね」
隣の席では相変わらずリドが突っ伏して眠っているし、他の客もまだまだ帰る気配はない。
むしろ「セブンスヘブン」にとってはこれからが稼ぎ時だ。
普段なら店が込み始める前にティファも一緒に食事をとるところだが、今日は客足が早すぎてその機会を逃してしまっていた。
「マリン」
ティファが銀のお盆を持って、テーブルの間を縫うように歩いてきた少女の名を呼んだ。
マリンは二年の間にすっかりこの店の立派なウエイターになっていた。
あまり遅くまでティファは手伝わせなかったが、「セブンスヘブン」の可愛いマスコットだ。
ティファがカウンターから身を乗り出し、マリンに目線を近づける。
「今日はもう大丈夫、ありがとね。クラウドとデンゼルとご飯食べてらっしゃい」
「ティファは?」
丸い瞳をまっすぐに向けて、クラウドと同じことを聞く。
クラウドは微笑んでマリンを見た。
「今日は俺とデンゼルと三人だ」
「四人で食べたいけど、・・・我慢する。誰かさんが寝坊しなければ、四人で朝ごはん食べれたのに」
マリンは少し咎めるようにクラウドを見つめる。
クラウドがここに昨日帰ってきてから、一日も経っていない。四人はまだそろって食卓を囲んではいなかった。
彼女はそのことを家族の一人として抗議しているのだ。
マリンには適わない、そう思ってティファを見ると二人の姿を面白そうに見ている。
どうやら今回は今朝のように助け舟を出してくれる気はないらしい。
「明日は、ちゃんと起きる」
小さな少女にそんな言い訳をする自分が、なんだかおかしい。自然とクラウドに笑みがこぼれる。
その笑顔につられたようにマリンも笑顔をみせた。
「じゃあ、約束ね?」
マリンがクラウドの目の前に小指を出した。クラウドもすぐにそれに小指を絡ます。
「ゆーびきーりげんまん、嘘ついたらはりせんぼんのーます、ゆーびきった!」
笑うように歌い終わると、マリンは小指を離した。
たわいもない約束だが、離れていた時のことを考えるとマリンは嬉しくてしょうがないのだろう。
「じゃあ戻るね、ティファ。大変になったら手伝うからね?」
マリンは最後まで店とティファを気遣う。まるで母を心配するしっかり者の娘のように。
「うん、ありがとう。何かあったらお願いね」
ティファはマリンの頭を優しく撫でてやる。こちらも娘の成長を喜ぶ母のようだ。
もちろんそうは言ってもティファはけして7時以降に、マリンを手伝わせることはなかった。
夜遅くまで子供が起きているのは良いことではない。
カウンターの奥からリビングへ続く扉がある。
マリンが先に戻り、クラウドがそれに続く。
扉に入りかけたクラウドが振り向くと、ティファはゆっくりうなずきながら客の話を聞いてやっている。
(・・・・・・あ)
カウンターの影から、ティファが他の客から気づかれぬようにクラウドに手を振った。
二人だけの秘密ように。
クラウドはそれに、小さくうなずいた。
リビングのテーブルには、すでに四人分の食事の用意がされてあった。
後は料理をよそるだけという状態だ。
「お帰りクラウド!」
デンゼルはクラウドの姿を見ると、顔を輝かせ走り寄ってきた。そのままクラウドにしがみつく。
子供とはいっても飛びつかれるとかなりの重みを感じる。
「ただいま、デンゼル」
子供はすぐに成長するというが、久々に見たデンゼルはとても大きくなったように見える。
「これ、デンゼルが用意したのか?」
「そうだけど?」
デンゼルは不思議そうに首をかしげる。
これまでデンゼルは店やクラウドの仕事を手伝うことはあっても、あまり家の中のことには手を出さなかった。
家事は自然とティファやマリンの仕事となっていた。
料理を作ったのはティファだろうが、それ以外の用意をデンゼルがやっていたのは少し以外だった。
「どうしたの、クラウド?」
何も言わないクラウドに、デンゼルも少し戸惑っている。
「ご飯の用意は私とデンゼルで交代で手伝ってるのよ」
クラウドの疑問を察したのか、マリンが得意げに言う。
「そおか」
クラウドの知らない間に子供たちはしっかりと成長しているようだ。
嬉しい反面、なんだか寂しい気分もする。
(勝手だな俺は・・・)
自分から家を離れていたくせに、子供たちの変化を知らなかったのが少し悔しい。
これが父親の気分というものなのだろうか。
「あれ、ティファは?」
この質問は今日で三回目だ。
マリンとクラウドは顔を見合わせる。笑みがこぼれる。
「なんだよ?」
デンゼルは二人が笑ってる意味がわからない。
「ティファはお店が忙しいのよ、今日の晩ご飯はクラウドとデンゼルと私の三人」
「そっか・・・」
マリンの言葉にデンゼルはうなずくと、店へと続く扉の方を見た。店の事情はデンゼルも心得ている。
けれど彼が四人で食事をすることを楽しみにしていたのは、テーブルに並べられた食器の数が物語っていた。
三人分にはスプーンもフォークも一つずつ数が多い。
「・・・クラウド」
マリンがクラウドを見つめて服を引っ張った。デンゼルに何か言うように促している。
どうやらティファのいない寂しさを慰めるのは、父親の役目らしい。
「・・・デンゼル、ティファはちゃんと店が終わったら戻ってくる。明日の朝は四人で食べような?」
そのクラウドの言葉を聞いたデンゼルは、クラウドをじっと見返す。
「・・・・・・・明日は、ちゃんと起きる」
さっきマリンとした約束を口にする。
「へへっ、約束だからね!」
本当に子供には敵わない。
二人にいい様にあしらわれている自分に、あきれたように頭をかいた。
でもこんな自分も悪くない、そう思えた。
「二人とも、よそうからね」
デンゼルが鍋に向かいながら、マリンとクラウドに席に着くよう促す。
鍋からは暖かそうな湯気が立ち上っていた。
今日のメニューは子供たちが大好きなクリームシチューだ。
マリンもこれには子供らしく目を輝かせている。
(ティファの料理、いつぶりだろう・・・?)
最後に食べたティファの手料理が何だったか、もう忘れてしまっていた。
それだけ長い間、自分は家にいなかったのだ。
その間、ティファたちはいつもここで三人で食事をしていたのだろうか。
そのことをマリンにたずねてみると、意外な答えが返ってきた。
「朝とお昼は三人だけど、夜はティファ、いつも一人で食べてたと思う」
マリンが首を振ったので、小さなお下げが肩で揺れる。
「ティファ、お店が大変でも、いつも私たちを先に家に帰してくれたの。『早く寝なさい!』って」
ティファはいつも自分より子供たちを優先させた。疲れていてもそんな素振りはなかなか見せなかった。
けれどクラウドが出て行って三ヶ月目の晩。
マリンが閉店後にも関わらず、まだ明かりが灯いていた店をのぞくと、ティファが一人窓際で外を眺めている姿があった。
その目は遠く、どこにもないものを見つめているようだった。
マリンは声をかけようとしたが出来なかった。見てはいけない姿を見てしまったようで。
「私その後、・・・ベッドで泣いちゃったの。何だか悲しくて」
その時のことを思い出したのか、マリンは悲しそうに笑う。
デンゼルはこの話を以前に聞いていたのか、驚いたりはせず黙って聞いている。
マリンがティファのそんな姿を見たのはそれきりだった。
だがマリンはティファが心配で、遅くなっても夜も一緒に食事をしようと提案したが、『寝る子は育つ』という子供には承服しかねる理屈で却下された。
毎晩ティファは一人で食事をし、帰ってくるかわからないクラウドを待っていたのだ。
一人窓際に立つティファの姿を思うと、悔しさと切なさが胸をよぎった。
自分はなんてバカなのだろう。
今すぐその時のティファの元に戻って、その身体を抱きしめてやりたい。
俺は大丈夫だと安心させてやりたい。
二つの視線に気づいた。
クラウドを心配するようにマリンとデンゼルがこちらを見ている。
「クラウド、大丈夫?」
「ごめんなさい、クラウド。困らせたかったわけじゃないの・・・」
また子供たちに心配をかけてしまったようだ。
(本当に俺は、成長してないな・・・)
まったく進歩のしていない自分にあきれてしまう。子供たちの成長を考えればなおさらだ。
子供たちは自分たちの出来ることをやっている。
やれることは少なくても一緒に暮らす家族のために、自分の出来る範囲のことを精一杯。
それは本当に些細なこと、見落としてしまうような小さな優しさ。
(俺もやれることを、やろう)
家族のために、ティファのために、やれることを少しずつ。
クラウドはデンゼルがよそっていたシチューを前に、子供たちにたずねる。
「すまない、今日は二人で食べてくれないか?」
マリンもデンゼルも初めはきょとんとし、顔を見合わせた。
だがすぐに、何かを察したようにマリンがデンゼルに耳打ちし、彼もそれにうなずく。
「どうして?」
わかっているのにわざわざ聞いているようだ。二人ともいたずらっぽく笑っている。
「・・・ティファを待ちたいんだ」
クラウドは答える。
ずっと自分を待ってくれていたティファ。今度は自分が待っていてやりたかった。
それがほんの些細なことでも。
「わかりました、じゃあクラウド明日は?」
マリンが小指を差し出す。先ほどの悲しそうな目の色はすっかり消え、嬉しそうに瞳が輝いている。
「約束だよね!」
デンゼルもマリンと同じように嬉しそうだ。
「明日の朝は四人で。約束は守る」
クラウドは二人の子供たちに微笑む。
やがて『いただきます』の声が上がり、晩ご飯が始まった。
クラウドは一緒には食べなかったが、二人の食事を見守っていた。
元気よくティファの料理を口に運ぶ姿がなんとも可愛らしい。
ティファは待っていた自分をなんと言うだろう。驚くだろうか、喜んでくれるだろうか。
(喜んでくれるといいんだが・・・・・・)
店に続く扉からは、相変わらず賑やかな声がもれ聞こえてくる。客足はまだまだ引かないようだ。
いくらでも待っていようと思った。
彼女が自分を待っていた幾晩もの夜を思えば、こんなこと、なんでもない。
end
お付き合いありがとうございました。
第四話はクラウドとマリンとデンゼルのお話でした。
子供たちのほうがしっかりしてる・・・。
頑張ってクラウド!・・・といった感じでしょうか?
マリンもデンゼルもACで本当にいい子たちだなと思い、登場させてみました。
デンゼルはちょっとだけしか出てないので、そのうちティファとのからみとか書きたいです。
初めの三話もこれも当初はバラバラの短編のつもりだったのですが、時間軸が続き物なので一つのシリーズにしようかと思ってます。
そのうち全体のタイトルも決めますので。ただいま考え中です・・・。
BACKでお戻りください。
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