ティファは扉を開くと、そのまま明かりも点けずに、薄暗い自室に滑り込んだ。


静かに扉を閉めるとそのまま床に座り込み、自分を抱きしめるように膝を抱えた。

肩から長い黒髪が滑り落ちる。

(
あんな態度、とるつもりなかったのに・・・)

部屋に戻りクラウドの顔を見て、真っ先に浮かんだ感情は『不安』と『違和感』だった。

本当にクラウドは、ここに戻って来たのだろうか。
本当に彼は、ここに帰って来たかったのだろうか。

彼が本当にいるべき場所はここなのか―

うつむけていた顔を上げると、真っ暗な闇が部屋を包んでいた。
夜遅くということもあり、外からは何の音も聞こえない。

いや、わずかな音が響いている。
クラウドがシャワーを使っている音だろうか。不規則に響く水音。

その音が、この家に自分以外の誰かがいることを教えている。

(あれは、本当にクラウドなのかな・・・)

シャワー室から出てくるのは、本当にクラウドなのか。
まったく別の男が出てくるのではないか。

そんなこと考えたくもなかった。
けれど、勝手に最悪の想像が浮かんでくる。

そしてそんな自分が、とても―

(気持ち、悪い・・・)

クラウドを信じたいのに。
リドが言っていたように、信じたいのに―

のろのろとティファは立ち上がり、ゆっくりと窓辺へ進む。

ティファの部屋の窓からは、隣の建物の間からわずかだが空を望めた。
真っ黒な空に、小さな月がぽっかりと浮かんでいる。

白い、白い月。真っ暗な闇にたった一つ。

響いていた水音が止まった。
今度こそ本当に、静寂が訪れた。

ティファの目じりにうっすらと涙が浮かぶ。

感情が溢れるかのように、雫が頬を伝い落ちた。
ティファはそれを拭いもせずに、そのまま月を見続けている。

胸の中に、自分が一人きりなのだという孤独感がこみ上げる。

誰も自分のそばにはいない。

クラウドが帰ってきてくれれば、幸せに戻れると思っていた。
彼を幸せにできると思っていた。

だがクラウドが戻ってきて訪れたのは、これまで以上の黒い気持ち。
想い残していた、あの感情が甦ってくる。

疑念や嫉妬、激情。そして―

それは鮮やかに、残酷に。


トントン

突然、部屋の扉が叩かれた。

「ティファ。シャワー終わったけど、使うだろ?」

少し高めな、落ち着いた声。

その声に空を見つめていた横顔が、わずかに反応する。
遠くへ行っていた瞳に、生気が戻った。

「ティファ」

クラウドが伺うように彼女の名をまた呼ぶ。
扉の方を振り向くと、その前にクラウドが立っている気配がした。

返事をしなくては。

そう思っても、声が出ない。
喉が張り付くようで、とても苦しい。

出てこない言葉がもどかしくて、ティファは喉を手で抑えてしゃがみこんだ。

(クラウド・・・)

「ティファ?もう寝てるのか?」

私はここにいるよ。
気がついて。

(気づかないで―)

こんな顔、見られたくない。

クラウドが返事のないことに困惑しているのがわかる。
扉の向こうの気配が揺れる気がした。
クラウド行かないで―

「ティファ、開けるぞ・・・」

クラウドが扉を開けると、部屋は真っ暗だった。
ティファが床に座り込んでいる。

「ティファ・・・?」

「クラ、ウド・・・」

ティファの頬を伝う涙に気がついたのか、クラウドがすぐに駆け寄る。

「ティファ!」

そのまま彼女を引き寄せ、強く抱きしめた。
ティファの身体を雄々しい腕が包みこむ。

そろそろと、ティファも彼の背中に腕を回した。

懐かしい、大きな背中。
暖かい体温。
彼の鼓動が胸に伝わる。

クラウドはここに、いる―
でも、本当は―

「何があった・・・?」

クラウドはティファを腕に抱いたまま、さっき別れ際に言いかけた質問を口にする。

「・・・少し、不安になった」

「不安・・・?」

ティファはクラウドの胸に顔をうずめたまま、その問いに答える。

「クラウドが、本当に帰ってきてくれたのか、不安だったの・・・」

不安なのは本当だった。

クラウドがここに戻って来ているのか。
本当に自分の所に戻って来てくれたのか。

「すまない・・・」

クラウドはティファの肩をつかむと、彼女を自分の方へと向けた。
真っ直ぐにその瞳を見つめる。

「もう、どこにも行かない」

「・・・どこにも?」

「ティファのそばに、マリンやデンゼルのそばに、ずっといる―」

ティファがクラウドの瞳を見返すと、そこには穏やかな光が宿っていた。

「誓うよ・・・」

クラウドはまた、ティファを抱きしめた。

「うん・・・」

ティファもクラウドの背に回す手の力を強めた。

「大丈夫か?」

「うん」

クラウドの胸から顔を上げたティファの目じりには、まだうっすらと涙が残っている。
それをクラウドが指で拭った。

「もう、大丈夫」

ティファは小さくクラウドに微笑む。
その微笑に安心したように、クラウドも笑みを浮かべる。

(忘れるの、全部)

ティファは思った。
私は想い残してることなんてない。
私は大丈夫―

ティファはクラウドの手を取る。大きくて、暖かい手。

「心配かけて、ごめんなさい」

「いや・・・」

この涙の本当の理由を、ティファは忘れようとした。

この黒い感情を、表に出してしまったら。
この気持ちをクラウドに知られてしまったら―

(きっともう、一緒にいられない・・・)

気がつかないで、クラウド、本当の私に―

「もう、今日は寝るね」

「ああ・・・」

「ごめんね、クラウドも疲れてるのに。・・・おやすみなさい」

クラウドはティファの頬にそっとキスをすると、扉に向かう。

「・・・っ」

ティファは小さく息を飲んだ。
そこにあるのは、彼が最後に見せたのと同じ背中。

その背中を見つめながら、ティファの胸元まで、あの問いが出かかった。

(貴方、本当はどこに、帰りたかったの―)

聞きたい、でも聞きたくない。

ティファの胸が、想い残していた黒い感情に支配される。
涙がまた、溢れそうだ。

クラウドはここにいる。
どうしてこの事実だけを、信じていられないのだろう。

扉からクラウドが振り返った。
心配そうな表情が浮かんでいる。

「ティファ、・・・一緒に、眠ってもいいか?」

クラウドが戸惑いながら、そんなセリフを口にした。
普段とは違い、少し恐る恐る。

「・・・うん」

ティファはゆっくりうなずく。

その答えに安心したように、クラウドは部屋の中に戻る。
扉を閉じると部屋は真っ暗だ。

先ほどとは違い、クラウドはゆっくりとためらうようにティファの身体に手を伸ばす。
大切な宝物に触れるよう、美しい宝石に触れるよう、優しくティファを抱きしめた。

 

 

ティファが目覚めると、そこはまだ暗闇に包まれていた。
目の前では、クラウドが規則正しい寝息を立てている。

起きている時よりも、少し幼く見える。

クラウドに気づかれぬよう、ティファは身体をずらし、ベッドを抜け出した。

そのまま窓辺に立つと、空を見上げる。
やや傾きながら、それでも月が浮かんでいた。

ギシ

わずかにベッドの軋む音がし、クラウドが寝返りをうった。

「どこにも行かない・・・」

眠りにつく前にクラウドが言ってくれた言葉を、ティファは口にした。

昔の自分なら、この言葉を無邪気に信じられただろう。
でも今は、もう今は―

(貴方が帰りたい場所は、ここじゃないんでしょ?)

どろどろと、黒い感情が渦巻く。
この流れに身を任せてしまえば、楽になれるのかもしれない。

けれどそうすれば、きっと貴方はいなくなってしまう。

今度こそ、本当に私は一人になる。

「私は、どうしたいの・・・」

言葉にしたところで、答えはどこからも返ってこない。
小さな呟きは、誰の耳にも届かずに、闇に吸い込まれていく。

ティファはもう一度、月を見上げる。
丸いはずの月が、大きく大きく歪んで見えた。

(気づいて、でも気づかないで―)

矛盾した感情が、ティファの中にある。

知ってほしい、知られたくない―
聞きたい、聞きたくない―

瞳から、大粒の涙が落ちた。






end










第8話、お付き合いありがとうございました!
一ヶ月ぶりの更新です。
間がかなり空いてしまったので、きちんと続き物になっているか激しく不安です。(汗)
続き物の間を空けるのは、本当に良くないなと思い知りました・・・。
今回の話は、ほとんどティファの独白という感じです。
彼女の不安とかを書きたかったのですが、うまく伝わっているでしょうか?
シリアスは難しいです、やっぱり。
でも頑張ります、これからも!
お付き合い、本当にありがとうございました!!
BACKでお戻りくださいませ。



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