そこには、ちいさなクローバー畑が広がっていた。

 

丸い白い花が、葉の間からのぞいている。
ティファはニブルヘイムで子供の頃、その花を使って王冠や腕輪を作ったことを思い出した。

花をじっと見つめていたティファを、マリンがまた呼ぶ。

「ね、ティファ。四葉のクローバー探そうよ!」

―四葉のクローバーを見つけると幸せになれる―

そんな話をマリンに聞かせてあげたのはついこの間だ。
マリンはもう地面に座り込んで、きょろきょろとクローバーの葉を見つめている。

ティファも子供の時、親との帰りの約束も忘れ、一生懸命四葉のクローバーを探したことがあった。
真っ暗になってようやく家に戻り、父親にこっぴどく叱られた。

(あの時の父さん、恐かったな・・・)

今はそれが親の愛情だということがわかるけど。

今のマリンはその時のティファのようだ。

ティファも一緒に四葉を探そうと、マリンの傍らにしゃがみこんだ。
緑の匂いがふっと近くなる。

(あれ、そういえば・・・)

あの時、どうしてあんなに必死に四葉のクローバーを探したのだろう。
結局、四葉のクローバーは見つかったのだろうか。

「ティファ!すごいよこれ!」

マリンが満面の笑顔で、ティファの前に右手を差し出した。
そこに握られていたのは、まさしく四葉のクローバーだ。四枚の小さな葉が、ゆっくりと風に揺れている。
マリンの笑顔につられ、ティファからも笑みがこぼれる。

「すごい、マリン!珍しいのよ?四葉のクローバーは」

人差し指でツンと葉をつつく。
マリンがティファの言葉に首をかしげた。少し不思議そうな表情。

「珍しいの?」

「そうよ・・・?」

「でもここ、四葉のクローバーでいっぱいだよ?」

その言葉にティファも不思議な顔で、膝を付いていた地面を見下ろした。
そこには確かに四葉のクローバーが生えている。

その隣にも、その横にも。

ティファは自分たちの周りをぐるりと見回す。どの葉も全て、数が四枚。
彼女たちを囲んでいたクローバーは、全て四葉のクローバーだ。

「すごいね、ティファ!」

「う、うん・・・」

マリンはとても嬉しそうだ。

幸せの四葉のクローバー。でもあれは、こんなにたくさんあるものだったろうか。

居心地の悪さを感じて、ティファは立ち上がる。
服の裾についていた葉を、手で振り払った。
ひらひらとクローバーの葉が風に舞う。

(なんか、変だ・・・)

こんなにたくさんの幸せ、何だか不自然な気がした。

ティファは昔、父親に聞いた話を思い出した。
もともとは三つ葉のクローバーが、四葉になってしまう理由。
それは大地や葉が、何かに汚染されしまった時。あるいは小さな葉の時に、強い力で傷つけられてしまった時。

この場所はとても静かだ。動物の気配も感じない。

ここはそんなに汚され、傷つけられた場所なのだろうか。

(何が、この場所を・・・?)

けれどティファはすぐにその答えを思いついた。

(私だ、私たちだ・・・)

あの時の戦いで、この場所もきっと傷ついてしまったのだ。

もう一度この小さな草原を、ティファは見渡した。
気持ちのいい風が吹き日の光が射し、モンスターの姿も見えない。静かな草原。
風の音以外は何も聞こえない。

先ほどまではこの静けさが心地よかったが、とたんにティファはこの静寂に恐ろしさを感じる。
いまだに草の上で楽しそうにしているマリンの元に駆け寄ると、その小さな身体を抱きしめた。

「ティファ?」

マリンは当然驚いて声を上げる。

「どうしたの、ティファ?」

賢い少女はティファの様子に何かあるのだと感じたようだが、慌てずに疑問を口にする。
そのマリンの言葉に、ティファは抱きしめていた身体を離した。
少し困ったような笑顔を浮かべる。

「・・・ごめんね?」

子供相手に取り乱した自分が、ちょっと恥ずかしい。

(もっとしっかりしなくちゃね・・・)

改めてマリンの方を向く。

「帰ろうか、マリン」

「いいけど、・・・どうして?」

モンスターもいないし天気だっていい、マリンが口にしたのはもっともな質問だ。
ティファは少し考えるように黙り込んだ。

本当のことを言ってもいいものか。
マリンは賢い、きっとティファの話も理解してくれるだろう。

でも、だからこそ―

マリンの瞳に目を合わせると、ティファは微笑んだ。

「ここは幸せの四葉のクローバーでいっぱいだね。この場所は、世界中の幸せが眠ってる場所なんだよ」

「幸せの眠る、場所・・・?」

「そう。世界中のみんなの分の、四葉のクローバーが生えてるの」

「ティファやクラウドの分も?」

「うん、バレットの分もあるよ」

そうなんだと言うように、マリンがクローバー畑を見渡す。

「私たちの分を貰ったのにここにいたら、誰かの分を踏んづけちゃうでしょ?」

ティファはマリンに二人の足元を見るように促す。

「・・・うん。行こうティファ!」

マリンが子供らしい笑顔で、ティファの手を取った。そのままぐいぐいと彼女を引っ張り走り出す。

「待って、マリン!」

ティファからも白い歯がのぞき、笑顔がこぼれた。

二人の後ろに、クローバー畑は遠ざかっていく。

世界の傷はまだ癒えることなく、時々人々の心に牙をむいた。
ティファたちが暮らすエッジでの生活も、完全に安心できるものではない。

だからこそ、マリンには小さな夢を見て欲しかった。幸せがこの世界にあると思っていて欲しかった。

それが自分の都合のいい願いでも。

草原を後にしながら、ティファはまたジュノンの空を仰ぎ見た。

(早く帰ってきて、クラウド)

貴方に聞いてほしい話が出来たの―







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